まずはこの写真をご覧ください。とある日の出雲市駅1番線での1コマ。何か違和感を感じますでしょうか。

ぱっと見、「何が?」と思われるかもしれません。しかし、時計が指す時刻と発車標に表示される列車名。そしてそこに停車している車両に注目すると、正解がわかります。
そう、381系で運転されるはずの特急「やくも」が12系での運転となった貴重な1コマです。

理由はこの画像にあります。そこには「踏切事故のため電車が使用できなくなり客車で運転致します」のお詫び文が。予備車が捻出できなかったのか、理由は定かでありませんが、米子車両区の12系6両と米子機関区のDD51で急遽編成を仕立てて、運転されました。

米子から回送されてきた、DD51+12系6B。途中の写真はありませんが、この後、一旦機関車を機回しして上り方へ連結。引き上げ線を使って入換、1番線へ入線したと思われます。

急遽仕立てたためか、種別サボも間に合わせでテープで「指定席」がはってあったり、別の写真見ると方向幕は「臨時」だったり「岡山」だったりで、いかにも在りもので仕立てました感満載でした。 ところで、これがいつ運転されたか?という話ですが、残念ながら昔から細かく撮影記録をしていなかったため、いつ撮影したのか不明です。「1990年?」としたのは、2枚目改札口の写真左にわずかに映っている「~博」「?0」の文字からエキスポ90年と思われ、その年ではと推測した次第です。またネタ列車故に当時の鉄道ファンあたりに読者投稿でもと思って、1990年発行の記事を当たったものの、掲載はありませんでした。ざっとネットで調べてもヒットがなく、この写真がなければ信じてもらえない出来事かと思います。また自分の記憶する限り、これ以外での12系運転は今もってないと思っております。
※2025(令和7)年8月17日追記
この代走の直接の原因が確認できました。
1990(平成2)年5月5日20時20分頃、岡山県都窪郡清音村柿木(現岡山県総社市清音柿木)のJR伯備線旧国道踏切で、踏切内で立ち往生した乗用車に岡山発米子行特急やくも17号(9両編成)が衝突する事故が発生。この事故で当該の編成はブレーキ故障、車体損傷となりました。前段の画像にあった「踏切事故」とは、この事故のことでした。この事故により、翌5月6日発やくも84号へ充当する車両がなく、381系での運用が不可となりました。
推測になりますが、夜に入ってからの事故だったこと、この日はGW期間中で臨時列車の設定によって予備車含めた運用を実施していたことから車両が捻出できなかったと思われます。また現在であれば同等設備を有する充当する車両がなければ運休の判断となりますが、GW最終日で指定席車の予約状況踏まえてどうにかして運行する方針となったようで、一方で米子支社管内では多数の12系が運用されていたこともあって、12系による代走が実現したと推定されます。
当時の自分はこの事故を知らなく、何かの撮影でたまたま出雲市駅に行った際に知ったのが直接のきっかけでした。で、編成を見て「沿線で撮影しても、将来画像を見返した時にこれがやくもの代走とわからないだろう」と判断、それならと駅の発車標や紙の案内と、状況がわかる撮り方をしたことを、今回の記事確認で思い出しました。結果として、35年経て12系代走による「やくも」として証明ができたことで、当時の自分の判断は間違ってなく、当時の自分を褒めたいところです。
また、今ならSNS経由で目撃情報から撮影者が殺到したでしょうが、そんなものがない当時において、よっぽど関係者に通じたファン以外でほぼ知るすべはなかったと考えられます。だからこそ、撮影できた人は本当に少ないでしょう。本記事出筆時は雑誌として「鉄道ファン」での確認でしたが、今回は雑誌「Rail Magazine」での読者投稿記事を追加確認しましたが、この運行の記事がなかったことも確認済みです。
また、当時の時刻表から折返しがやくも85号と推定してて、こちらも代走となったはずですが未確認です。そしてどちらも5月6日までで設定された臨時列車だったため、運用はこの日限りでした。
余談として12系による特急運用はざっと調べた限り、14系座席形式登場前の1970年代初頭において臨時列車に運用された事例があった程度で、その後14系座席形式が1972年から製造されたことでその役目は14系に移行されたため、かなりレアケースのようです。
今回のこの情報は山陽新聞1990(平成2)年5月6日の記事で判明しました。今回もやはりweb上で引っかからない新聞記事で、岡山県立図書館の新聞原本で確認できた次第です。この手の事故や事件は全国紙に掲載されることが少なく地方紙が確実であることの一方で、記事確認はその地域の図書館で確認するしかないのが実情です。新聞記事が全文検索できるのが理想でしょうが、大分先のことと思います。
当該の記事は、大破した乗用車、それを見る「やくも」の乗客らが撮影された写真が掲載されております。興味ある方は、当該記事が掲載された新聞を閲覧することを勧めます。(追記了)
〇参考文献
- 日本国有鉄道監修時刻表 1990(平成2)年3月号 日本交通公社(現株式会社JTBパブリッシング)
- 山陽新聞朝刊 1990(平成2)年5月6日付発行
- Rail Magazine 1990(平成2)年8月号など